小説を何よりも愛する少年はある日、一つのオンライン小説を見つける。
 それは少年が高校に入学してから今日までを、状況から感情まで事細かに綴るもの。
 そして数日後、少年は次の日の彼の行動を『予言』する最新話を見る。
 見事に的中してしまったそれに恐怖しながらも、最早彼は読むことをやめられなかった。

 俺は昔から、小説と名のつくもの全てが好きだった。いや、好きという言葉では飽き足らない。大好き、いやむしろ愛している、それほどまでの文学少年だったのだ。
 しかし自分で書いたことはないのではないか、と気付いたのは高校に入学して三十五日目の夜のことだった。きっかけは簡単、ネットサーフィンをしていて気になる言葉を見つけてしまったからである。
 即ち――オンノベ。またはオンライン小説。他にも呼び名は色々あるが、簡単に言ってしまえば、ネット上で公開されている小説のことである。
 商業誌と違って個人が趣味で書き、公開しているものだから質は様々である。ゆえに俺は、どうせ素人の書いたもの、そこまで面白くないだろうと決めつけ、今まで手を伸ばさずにいたのだが……
「……昨日までの俺は首吊ってくたばれ」
 ぼそり、と呟く。下がいる、ということは当然上もいるのだ。ネットで公開していた小説が出版社の目に留まり、そのままデビューした作家もわんさかいるらしい。
 ところで俺は当然、将来その道に携わりたいと考えている。
 ……つまり。たくさんの人に評価され、実力と運が良ければそのまま出版することも出来るオンノベは、俺にとって物凄く魅力的だったのだ。
 書く方は大人になってからでも遅くない。そんな俺の考えを否定したのは、ネット上に溢れる若い創作家たち。 俺と同じ高校生、だけではない。中学生や小学生までもが自らの小説を公開していた。もちろんその大半は稚拙な、小説とも呼べない小説だったが……一握りの『天才』の書いた小説に、俺は見事に感化されてしまったのだ。
「さて……自分で書く前に、もう一つくらい読んでおくべきか」
 参考までに……とは口実。新しい楽しみに歓喜しながら、俺はマウスを操る。
 画面上を彷徨うカーソルが、やがてある一点で止まった。
「……?」
 そこにあったのは、何の変哲もない小説の紹介文。けれどそれに、何故か俺は惹きつけられたのだ。
 訝しむ感情とは反対にマウスを握る手は小説の本文ページへと飛び――しばらく読んで、その理由はすぐに分かった。
「何だ、これ……俺?」
 書かれていたのも……何の変哲もない、普通の小説。ただの平凡な高校生の日常を、圧倒的な文章で面白く見せている。今まで読んだ中でも、かなり上に位置するレベルの小説である。
 ただ、その内容が。今日更新されたばかりの最新話が。

 今日俺がとった行動、そのままだったのである。

「偶然……にしては出来すぎ、か?」
 いや、でも何千分の、何万分の一の確率で、最新話だけが偶然、今日の俺のとった行動とそっくりだったのかもしれない。そう思って数話分遡り、更に一番最初の話も読んでみる。
 ……疑問が、確信に変わっただけだった。
 入学式から今日の話まで、一話の例外もなく、俺が経験したことがそのままだった。逆に忘れていたことを思いだした部分もあったほど。恐ろしいことにその時俺が考えたこと、まで丁寧に描写されている。
 その描写の巧さに、思わず読み耽ってしまったが……考えてみれば不気味である。ここまで細かい描写が出来るということは、俺が何をして何を思ったのか、全て知っているからに他ならない。それほど密接な間柄の人間は、一人もいなかったはずなのだ。いや……そもそもいたとしても、ここまで細かく描けるものなのか――俺は思考の渦に入り込みかける、が。
「やべっ……もうこんな時間、か」
 ふと時計を見て、今日はこれ以上は無理だと悟る。明日は朝早いのだ。ただでさえ朝弱い俺が、これ以上耐えられるわけが無い。
 ……仕方ない。続きは明日、か。
一刻も早く真相を知りたいが、仕方ない。俺はとりあえずそのサイトをブックマークに入れ、パソコンを閉じた。

 ***

 さて、毎日更新が続いております「   」、いよいよというべきかようやくというべきか、起承転結の「承」に入りました!
 もうすぐ恒例の『アレ』も始まりますよ、ふふ…… 彼がどんな結末を迎えるのか、皆さんドキドキワクワクしながら待っていてくださいね!
 ……もしかして、常連さんならとっくに予想出来ちゃってるのかな……? たまには予想を裏切りたいものですが、キャラたちもなかなかそんな行動をとってくれないんですよね(汗)
   by prophet | ****/**/** 18:00 | Comments(0)

 ***

 それから数日間、そのサイトはひたすら俺の日常を載せていった。
 毎日夜に更新されるそれはとても細かく、相変わらず小説としてはかなり完成度の高いものだったが、ただその一点だけが俺にとって問題だった。
 そして……異変が起きたのは、一週間後の夜であった。

「あれ?」
 それを見つけ、俺は声を上げた。普段なら毎晩一話ずつ更新しているこのサイトだが、今日は二つ更新していたのだ。作中の日付は今日と、
「……あし、た?」
 思わず呆然と呟く。だってそれは、どう考えても不可能だろう。
 思わずクリックしてしまうと、そこには明日俺がとる『らしい』行動が描かれていた。それによると俺は明日、足を軽く捻挫するらしい。
 ……待て、俺は帰宅部だぞ……捻挫する要素がどこにいるんだ。他のものに至っても、ありそうとありえなさそうの微妙なラインを行っている。
 これは流石に管理人もネタが尽きたか。
 この時はそう思っていた、のだが。

 ***

 はい、来ました例のアレ。例えるならば承のエピローグであり、転のプロローグでしょうか。
 ということはもうすぐ起承転結の転がやってきますね! いえ、初めて私の作品を読んでくださっている皆様のためにも、多くは語りませんよ(笑)
 というわけで皆様、本腰を入れて哀れなピエロの結末をお楽しみください。
   by prophet | ****/**/** 18:00 | Comments(1)

『うわああああ、ついに来ましたね! 管理人さんの小説を読んでいると、いつもこのタイミングで一気に盛り上がります。他の皆さんは「転」に入るまで何も知りませんよーって顔してますけどね……
 それにしてもピエロって、管理人さん酷すぎ(笑)まぁ、間違いじゃありませんけどね……
でもですね管理人さん、いくら創作キャラとはいえ、もうちょっと優しくしてあげても良いんじゃないでしょうかねー(笑)』

 ***

「……何だよ、あれ」
 謎の連続更新から二日。俺はその『予言』すら外れないのだと、と身をもって思い知っていた。
 右足に負った捻挫。その後も次々と当てられてしまう、俺の行動。
 そんなある日、俺は問題のサイトの中で、一つのページを発見した。
「予言者ブログ」
 そんなタイトルに、俺は思わず苦笑。いや、言い得て妙だが……うん。
 だがどんな奴がこれを書いているのか、とふと思って入ってみる。そこにあったのは小説の更新をその都度知らせる普通の記事と、割と多いコメントだった。
 ふと思い立ち、コメント欄を見てみる。

『最新話読みました! 相変わらず神がかった描写力に震えました……普通の学園ものなのに続きが気になるなんてこの話くらいです!』
『こんにちは。感想ありがとうございます。べた褒めですね……照れちゃいます(笑) そうそう、明日の天気は雨ですよ。 by予言者』
『こんにちは。「転」もそろそろ佳境ですかね……
ところで管理人さんってば、予言者とか言ってる割に天気予報すら当たらないですよねー(笑) 昨日だって雨は一滴も降りませんでしたよ!』

 リアルタイムで増え続けるコメントたち。
 ……どうやら管理人の『予言』は滅多に当たらないらしい。いや、俺はそれが実は的中率百パーセントであると身をもって知っているわけだが……

 日に日に増していく、危険な出来事。
 これとあの小説が関係ないなど、絶対に思わない。最初は捻挫だったが、今日にいたっては骨折手前まで行ったのだ。
 それでも俺は、懲りずにその小説を読む。未来を知りたい、とかそんなものじゃなくて……いつの間にか日課となっていたその行為を、ただ続ける。

 そうして一ヶ月。
 俺は、『その話』を見た。

『今日は委員会で帰りが遅くなった。流石に高校生にもなって暗いところが怖いなどとほざく気はないが、それでも暗い道というのはどことなく不気味なものである。それなのに都合の悪いことは重なるもので、今日に限って早く帰らなければいけない俺は、通り慣れない近道を取って帰ることにした。途中に墓なんかもある不気味な道だが、背に腹は代えられない。
 街灯もろくにない道を一人歩いていると、不意に背後から足音が聞こえた。何とはなしに振り返ろうとするが――本能が、それを拒否した。
 背中に走る寒気に、思わず俺は走り出す。だが、足音はついてきていた。
 背後の足音は走ってはいない。あくまでも歩くスピードで、ぺたぺたとついてくる。
 なのに。なのになのになのになのになのに。
 なのにどうして、振り切れないんだ――!
 向こうはただ歩いているだけなのに! こっちは全速力で走っているのに!
 それなのに、どうして!』

 ……今までに無い、ホラー系の話だった。このサイトの管理人や読者風に言うならば、起承転結の『転』か。
 読者にしてみれば面白いのかもしれないが、こっちは笑えない。何しろこれは、もしかしたら……いや、ほぼ確実に、明日の俺の見に降りかかることなのだ。
 結末が恐ろしくて、俺はそこで見るのを止めてしまった。

 ……この時最後まで見ていれば、心の準備が出来ただろうに。
 何しろこの『予言』は、一度も外れたことがなかったのだから。


 ***

 次の日の朝、唐突に放課後は委員会があることが告げられた。
 クラスメイト達がダルそうに呻く中、俺だけが顔を蒼白にしていたことに気づいたものは無く。
 委員会が終わると同時に母からの『今日は早く帰って来い』メールに気付いた俺は、周りの視線など構わずに思い切り顔を歪めた。
 だが友人たちは既に帰っているだろう。俺の入っている委員会はかなり長引いたため、窓の外に見える色は真っ黒だし下校時刻もとっくに過ぎている。
 となると……俺はあの道を、一人で帰るしかなくなるのだった。
「大丈夫……あんなの、ただの小説だ」
 呟いて、歩き出す。そこまで時間がかかることもなく街並みを抜け、数分で闇に包まれた墓に辿り着いてしまった。
 こんな不気味なところはさっさと抜けよう、と小走りで歩みを再開する。
 一分ほど歩いたところで、足音が聞こえた。
「っ!」
 振り返ろうとする。振り返れない。走る悪寒。
 とっさに走り出すが、足音はゆっくりとついてくる。
 ああ、ああああああ。同じ、なのか。ここまで同じなのか。ならば最後は、あの話の最後は一体どうなっていた!? そんなことは知らない。だて俺はあの話を、最後まで読んでいない!
 足音は歩くスピードのまま、全力疾走する俺についてくる。
 だがこっちは生身の人間。体力、というリミットがある。
 やがて俺は、立ち止まってしまった。数秒後、まるでそれに付随するように立ち止まる足音。
「っ、……は、ぁ……はぁ……」
 破れそうな心臓。しばらく休まなければ、きっとここからは帰れないだろう。
 そのとき。止まっていたはずの足音が、ひたっ、と足踏みした。
「――っ!」
 一気に襲い掛かる恐怖。
 逃げ出そうとして、もはや指一本も動かせないことに気づく。
 ああ、けれど皮肉なこと。さっきまでどんなに頑張っても振り返ることなど出来なかったのに。今なら振り返れるような、そんな気がした。
 ぎぎぎ、とでも音を立てそうなぎこちない動きで、俺は振り返る。



 そして――





『予言者さん、完結おめでとうございます! 新参者な私はつい昨日全作読破して気づいたんですけど、予言者さんの小説って大体バッドエンドなんですね。そして今回もまた……たまには主人公を生かしてあげても良いんじゃないでしょうか、と思ってみたり(笑)』
『感想ありがとうございます。それに全作読破! 感謝してもしきれないです。
確かにバッドエンド、というかデッドエンド多めなんですよね……。いつも書きながら「こいつらは生き延びてくれないかなー」なんて思うんですが、皆私の思い通りに動いちゃって。つまらないったらないんです(笑) by予言者』
『こんにちは、最終話拝見しました。相変わらず私好みの鬱エンド……私的には大歓迎なんですが、やっぱりハッピーエンドが読みたい方もいらっしゃるのですかね? それにしても管理人さんのその発言、密かに気になってしまったり……』
『↑私も思いました! 何だかキャラが管理人さんの意志に関係なく勝手に動く、みたいな……いや、小説書く人って皆そんな感じなのかな?
 何はともあれ、お疲れ様でした、予言者さん! 次回作も楽しみにしてますね!』

 ***

「ねぇ、知ってる? 何かうちの学校の生徒で、一週間くらい前から行方不明の人がいるらしいよ」
「知ってるわよー、先生が言ってたし。放課後の活動に規制かけられてるのもそのせいなんでしょ? 怖いわよねー……」
「ねー……行方不明なのは男子だから、変質者とかじゃないと思うけど」
「わっかんないわよ、そういう趣味の変質者かも」
「うわ、やだぁー! そういうこと言わないでよ、もう……そうだ、話変わるけどこのサイト知ってる?」
「何これ。……小説?」
「そう! 携帯小説とかじゃないんだけどさ、すっごい面白いの! あたし昨日一気読みしちゃったんだから! ホラーっぽいっていうか、どの話も最終的に主人公は死んじゃうんだけど、そこが良くってさー」
「へぇ……読んでみようかなぁ」



 ……画面の向こうで、予言者は笑った。


2011/07/20
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