04.るりちゃん

 その日、あかねちゃんはいつもどおりの下校をしていました。
 今日は友達と予定が合わなかったのでひとりで下校しています。
 小学6年生にもなるとこういうことが増えてきて、「少しだけ寂しいな」と思っているところで後ろからあかねちゃんを呼ぶ声がしました。

「あかねおねえちゃんっ! いまかえりなの?」

「あ、るりちゃん。うん、そうだよ」

 声をかけてきたのはるりちゃんと言って、今年入学してきたばかりの近所の子です。1年生と6年生が交流する行事で一緒になってから、あかねちゃんにとっては妹のような存在で、よく一緒に遊んでいるのです。
 るりちゃんは長い艶のある黒髪を持っていて、髪を伸ばしている最中のあかねちゃんにとってはそれはとてもうらやましく思えてなりませんでした。肩ぐらいまでの髪でもお手入れをするのは大変なのに、るりちゃんはすごいです。他にもるりちゃんは空色の大きくて透き通った瞳をしていて、あかねちゃんから見てもとてもうらやましいです。

「あかねおねえちゃん! きょうもがっこうたのしかったね!」

「うん。楽しかったね」

「きょうはねー、さんすうでむずかしいもんだいといちゃったんだよ! へへーん!」

「ホント!? 私は算数苦手だからうらやましいなー……」

 おしゃべりをしながらあかねちゃんはるりちゃんに合わせて歩調を緩めて一緒に歩きます。友達と会えなかったさびしさも、もうすっかり消え去ってしまいました。
 あかねちゃんの家は学校から歩いて10分ちょっとですから、そんな時間もすぐに終わってしまいます。
 あかねちゃんとるりちゃんはまもなく分かれ道の三叉路にたどり着きました。

「じゃあね、るりちゃん。気をつけて帰って」

「あ! あかねおねえちゃん!」

「? なに? るりちゃん」

「あのねあのね、きょうはるりのおとうさんとおかあさん、おそいみたいなの。あかねちゃんちにいってもいい?」

 るりちゃんのお父さんとお母さんは病院につとめていて、帰るのが遅いことも多いのです。そしてあかねちゃんのお母さんが一時期、るりちゃんのお父さんにお世話になったことがあったことから、るりちゃんがあかねちゃんの家に泊まることも多かったのです。
 だからこの日もあかねちゃんはこころよく応じたのでした。




 あかねちゃんがるりちゃんと一緒のベッドに転がって漫画を読んでいると、るりちゃんが読み終わった漫画を閉じて言いました。br>
「あ、そうだ。あかねおねえちゃんあかねおねえちゃん!」

「なに? るりちゃん」

「あのねあのね! おとこのこがこわいはなしをするの!」

「こ、こわい話……?」

 あかねちゃんもるりちゃんも、怖い話はあまり好きではありません。それでもあえて口にしたのは、怖くて夜眠れそうになかったからなんだ、とあかねちゃんは思いました。そういうことが以前にもあったからです。

「そうなの。聞いて聞いて!」

「う……、うん……」

「あのね、むかしこのあたりであったことらしいんだけど……」

 そう言ってるりちゃんが語り始めたのは次のような物語でした……。






 昔、このあたりに一人の女の子がいたんだって。
 名前はわかんないんだけど……、呼びづらいからあかねちゃんって呼ぶね(るりちゃんは他にいい名前が思いつかなかったらしい)。
 あかねちゃんは部活をやっていたから、帰るのが遅くなることも多かったんだって。両親からも心配されていて、防犯ブザーを持たされていたの。あかねちゃんは堅苦しいこのブザーのことが気にいってなくって、いつもランドセルにしまってたんだって。

 で、この日もいつものように帰りが遅くなって、あかねちゃんはとぼとぼ帰ってたの。あかねちゃんの家は黒森山の向こう側にあったけど、通るわけにはいかないから大きく遠回りしてね。あの森を通って怪しい人に襲われるよりも、それ以外でブザーを鳴らしてくれた方がありがたいって両親が言ったらしいんだけど。
 それでも両親に心配をかけたくなかったあかねちゃんは、早足で帰ってたんだって。
 そうしたら……。









 ひたっ。









 突然そんな音が聞こえてきたの。
 あかねちゃんは暗くなって静かになったせいで聞こえた空耳だと思って最初は相手にしなかったのね。
 でも……。











 ひたっ。









 ひたっ。







 ひたっ。






 ひたっ。





 ひたっ。





 どんどん足音が近づいてくるの。どんどん、どんどん。
 怖くなったあかねちゃんは走りだしたのね。足音から逃げるために。そうしたら歩いていたはずの足音が走る音に代わって……。
 追いつかれたら殺されるんだ! って思ったあかねちゃんは急いでランドセルを開けて、嫌いなはずのブザーを取り出したの。大きくてあかねちゃんに不似合いなブザーは、それだけ大きな音を出したの。



 ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!

 ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!



 あかねちゃんは前に家の近くでこのブザーを鳴らしちゃったことがあるんだけど、その時は親が吹っ飛んできたの。それだけ大きい音だから、この静かな中ではさぞかし広い範囲に聞こえて、自分も助かるって、あかねちゃんはそう思ったの。



 ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!

 ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!




 だけどおかしいの。だってこれだけ大きな音なのに……。


 誰も様子を見に来ないの!


 ひた、ひた、って足音がだんだん近づいてきて……。
 それでぴたっ、って。
 あかねちゃんの後ろに止まって。
 あかねちゃんの肩にぽん、って白い手が……。



 ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!

 ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!

 ビィィィ――



 あかねちゃんはその日のうちに助け出されたそうです。
 こころが、空っぽの状態になって……。






 るりちゃんが語り終わった時、あかねちゃんは布団にくるまっていました。怖くなってしまったのです。どれぐらいかというと、

「あかねー、るりちゃーん、ご飯よー?」

 というお母さんの声に驚いてしまうぐらいです。るりちゃんも一緒になって驚いて、その後になって二人して笑いあいました。二人はお母さんの作ったカレーをおいしく食べました。



 二人がカレーを食べ終わると、お母さんが防犯ブザーを出して言いました。

「赤音、瑠璃ちゃんを送っていってあげて」

「るりちゃんのお父さん、帰ってくるの?」

「そうみたい。だから、ね?」

「うん、わかった! るりちゃん、いこっ!」

 正直なところを言えば、あかねちゃんもるりちゃんも暗い道を歩きたくはなかったのですが、そう言っても聞き入れてもらえなさそうであることはわかってしまったのです。
 あかねちゃんとるりちゃんはいそいそと着替えると、防犯ブザーを片手に家を出ました。
 夜になりかけている道は暗くて、ほとんど物音がしません。ぺた、ぺた、ぺた、という二人の足音だけが聞こえています。

 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。

 先ほどの怪談のためか、二人の間に会話はほとんどありません。おびえるようにきょろきょろあたりを伺ったり、ちらほらと会話をしたりしながらるりちゃんの家を目指します。

 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。

 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。

 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。

 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。

 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。

 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。

 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。

 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。

 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。

 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。

 ぺた、ひた、ぺた、ぺた。

 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた。

 あかねちゃんとるりちゃんは立ち止りました。
 そして、ゆっくりと振り返ります……。
 そこには……。



















                         しん。


















 変わったことはなにもありません。
 でも今確かに、裸足でアスファルトの地面を踏んだような、柔らかい音がしたのです。聞いただけで不安になる、湿っぽい音が……。






 ひた。







 ほら、また……。


 あかねちゃんとるりちゃんは手をつないで走りだしました。
 もうあの怪談と一緒であるとしか思えませんでした。
 あの怪談では何が追ってきたんだっけ? 何をされたんだっけ? 何をしたんだっけ、どうするんだっけ、どうしたんだっけどうされてどうして何が何を何して――



 ひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひた



 後ろの足音も早くなっていきます。
 次第にあかねちゃんとるりちゃんも追いつかれてきました。急がなきゃ、急がなきゃという焦りが膨らんでいきます。
 そんなに急いでいるはずなのに、るりちゃんの足で5分もかからないはずのるりちゃんの家に一向につきません。何度も何度も、あの分岐点である交差点に帰ってきてしまうからです。でも、そんなことにすら気づけません。


 ひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひた


 ついに背後の存在が迫ってきた時、あかねちゃんはとうとうブザーの栓を抜きました。その大きさは保証済みで、鳴らすだけで近所の家の人が飛んできてくれます。
 そしてブザーの大きな音が、音が……。


 鳴らない……!


 抜いて、抜いて、抜いたのに、間違いなく抜いたのに……。あかねちゃんが何度手元を確認しても、防犯ブザーの栓は抜けたままです。抜けていれば、絶対に音が鳴るはずなのに! 音が鳴れば絶対近所の人が助けに来てくれるはずなのに!
 そして、そうして確認している間に、あかねちゃんはとうとう追いつかれてしまいます。

 ひた、

 とあかねちゃんの真後ろで足音が止まって。
 あかねちゃんは固まった体をギギギ……、と振り返らせます。そこには……。






「あかねおねえちゃん! またげーむおーばーだよ!」






 無邪気なるりちゃんの声がして、
 るりちゃんの艶のある黒く長い髪の毛が、ざわりと蠢いて、あかねちゃんの方へと……




























 あとには、髪の毛まみれになった防犯ブザーが残るだけ……。




















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