11.みずあそび
その日、あかねちゃんは川に遊びに来ていました。お父さんが釣り仲間と行くと聞いていたからです。
川というのは黒森山を流れている名もなき川のことで、あかねちゃんのお父さんはあかねちゃんが小さいころからよく連れてきていたのでした。あかねちゃんはそのたびにお父さんにバーベキューをしてもらって、お母さんと3人で食べることを楽しみにしているのです。
でも今日はお母さんは来ていません。普段ならあかねちゃんはそのことに腹を立てるところですが、今日に限っては違いました。友達が二人いたからです。
そのうちの一人は昔からの友達のはづきちゃんです。小学1年生のころあかねちゃんよりも少し小さかったはづきちゃんは今ではあかねちゃんより背が伸びてしまって、それがあかねちゃんは少し悔しいのです。そんなはづきちゃんとも、6年生に進級するときにクラスが離れてしまったので最近はあまり話せていないのが少し心残りだったのです。
もう一人はるりちゃんで、あかねちゃんの家の近くに住んでいる小学1年生の女の子で、共働きで親がほとんど家にいないのでよくあかねちゃんの家に来ている子です。今日もるりちゃんはあかねちゃんの家に来ていて、あかねちゃんと一緒にここまで来ました。
そんな三人は今、川で水遊びをするために水着姿になっています。
小学校に入ったばかりのるりちゃんは、買ってもらったばかりの紺色のスクール水着を。無垢で白いるりちゃんの肌にぴたりとフィットしていて、あかねちゃんにはそのコントラストがとてもうらやましく思えてなりません。プールと違って塩素がないので、るりちゃんは水泳キャップを被っていません。水につかると特徴のある黒髪がふぁさっ、と広がります。
はづきちゃんは競泳用の水着を着ています。黒い水着はすらっ、とした体型にとても似合っていて、如何にも泳ぐのが早そうです。去年ばっさり切ってから伸びっぱなしにしているという髪も、ふわふわと柔らかそうでやっぱりうらやましいです。
あかねちゃんは白いワンピースタイプの水着を着ています。胸元に赤い星が5つあしらわれていて、フリル部分も赤い水玉でと、赤が少し目だっているのがお気に入りなのです。黒い髪は邪魔なのでくくっています。
3人は準備運動をすると示し合わせたわけでもないのに一斉に川に飛び込みました。
川の水は5月末の温かい気温とは裏腹に冷たくて、3人で水の掛け合いっこをしました。
その次はどこまで泳げるか競走です。るりちゃんは小さいのでハンデ付き。結果は一等賞・はづきちゃんでした。
一旦川から出て、綺麗な小石を探しました。るりちゃんが見つけた小石は蒼く澄んでいて、3人で取りあいっこになってしまいました。結局るりちゃんが持ち帰って、大切に保管することにしました。
そうしたら今度は魚を探します。なかなか見つけられなくて、諦めてしまったと言ったらお父さんは「そりゃそうだ、あかねたちに見つけられちゃったら俺たちが来た意味がないからな!」と言って笑いました。クーラーボックスには何も入っていません。
さて、3人がそんな楽しいひと時を過ごしていた時です。
ふと、はづきちゃんが言いました。
「あれ、るりちゃんはどこにいったんだっけ?」
言われて、あかねちゃんもあたりを見回します。でも、るりちゃんの姿は見えません。そういえばお父さんたちもずいぶん遠くにいます。
念のためこっそりお父さんたちがいるところを見てもみましたが、そこにもるりちゃんはいませんでした。なぜこそこそしていたかというと、あかねちゃんとはづきちゃんはお父さんたちから、「しっかりるりちゃんをみていてくれな」と言われていたので、自分たちがるりちゃんを見失ったと分かれば怒られるかもしれないと思ったのです。
怒られるのは嫌だったのであかねちゃんとはづきちゃんは一緒にるりちゃんを探すことにしました。川に流されてしまったのだとしたら、少し下流にいるはずです。そこそこ広い川だったので、あかねちゃんが左側を、はづきちゃんが右側を探すことになりました。
「はづきちゃん、るりちゃんいた?」
「いないみたい、もう少し下に行こう」
あかねちゃんとはづきちゃんは一心不乱にるりちゃんを捜しました。川には意外と障害物が多く、探すのも一苦労です。時折声を掛け合い、あかねちゃんとはづきちゃんは下流へ下流へとおりていきます。
「はづきちゃん、いた?」
「いないみたい、まだ行く?」
「うん、行こう!」
あかねちゃんとはづきちゃんはどんどん下流へ降りていきます。遊んでいたときはあんなに明るかった空が、今では少しどんよりとしています。水着の体も少し冷えてきました。
「はづきちゃん、いた?」
「いないみたい。もう少しいかない?」
「うん、わかった」
あかねちゃんは水面を叩きます。るりちゃんはいません。
あかねちゃんは岩のそばを確認します。るりちゃんはいません。
あかねちゃんははづきちゃんに声をかけます。るりちゃんはいません。
「もう少し行こっか」
「そうだね」
本当のところあかねちゃんはもう疲れていて、そろそろ戻ろうと言いたかったのですがはづきちゃんは探す気満々のようでした。あかねちゃんはもう少しだけならいいか、と思って先に進みます。
しばらくしても、やっぱりるりちゃんはいません。
あかねちゃんは言いました。
「はづきちゃん、そろそろ帰ろう? 怒られるかもしれないけど、このままだと暗くなっちゃうよ?」
「……」
「はづきちゃん?」
しかしいつまでたってもはづきちゃんからの返事がありません。
「は、はづきちゃん……、怖がらせようとしたって駄目なんだからね……!」
「……」
あかねちゃんはおそるおそる、はづきちゃんがいた右側を振り向きます。
そして、誰もいない川岸を見つけて、あかねちゃんの体中にぶつぶつぶつぶつと鳥肌が立ちました。“そういえば、最後にはづきちゃんを見たのっていつだっけ?”
川岸には斑模様の小さな岩が一つ転がっている以外、何もありません。そこにはづきちゃんが隠れることなど、できるはずがありません。
「は、はづきちゃん! 隠れてないで出てきてよ!」
あかねちゃんの叫びに答える声はありません。
どんよりしていた空は、日が落ちてきたこともあってさらに薄暗くなっています。
「はづきちゃん! 私! 先戻ってるからね! 言ったからね!」
あかねちゃんは鳥肌をどうにかして抑えようと、二の腕をさすりながら川を上っていきます。
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
あかねちゃんの足が水面に沈む音だけが響きます。
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
そして――
「え――――?」
そこは斑模様の小さな岩がある川岸がある、さっき通ったはずの……。
ぞわぁっ、とあかねちゃんの腕に鳥肌が立ちます。
だって、さっきからずっと上流にいってるのに、どうしてここに辿り着くの?
きっとまた巻き込まれちゃったんだ……!
「う、うぅ……。怖いよ……」
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
どれだけ上流に歩いても、同じところに戻ってきてしまいます。
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
どれだけ下流に歩いても、同じところに戻ってきてしまいます。
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
どれだけそこにいようとも、斑の岩が消えることはありません。
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
どこを探してみても、るりちゃんが見つかることはありません。
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
どこを探ってみても、はづきちゃんと会う可能性はありません。
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
叫んでも、お父さん達はあかねちゃんを助けに来てくれません。
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
泣き喚いても、忙しいお母さん達は山にまで来てはくれません。
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
あかねちゃんも理解しました、この場所には誰もいないのです。
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
とうとうあかねちゃんは疲れて、歩くのをやめてしまいました。
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
あかねちゃんが投げる石の音が、あたりに散らばっていきます。
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………」
ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。
「…………ん」
「――――え?」
確かに今、声がしました。ここにいるのはあかねちゃんだけじゃなかったのです。
そしてすぐに、次の声がしました。今度はより一層はっきりと
「あかねちゃん。こっちにおいでよ」
そのはづきちゃんの声は、だけどあかねちゃんを恐怖させました。なぜならその声には生気がまったく宿っていなかったのです。
そして、それだけではありませんでした。
「あかねおねえちゃん、はやくはやく!」
「あかね、早く来なさい」
「あかねちゃん、おじさんと一緒に行こう?」
るりちゃんと、お父さんたちの声が……。
それだけじゃない、次から次へと知り合いの声がしてきて――――
「あかねちゃん」。
「あかねちゃん」「あかねちゃん」。
「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」。
「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」。
「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん」「あかねちゃん
翌日、あかねちゃんはベッドの上で目を覚ましました。
あかねちゃんを見つけた人によると、るりちゃんとはづきちゃん、それにお父さんたちは、どこにも見当たらなかったということです……。
今日の桔梗さん
木の陰からじっ、とあかねちゃんの様子をうかがっていました。